「死」をタブー化せず見つめることで「生」を輝かせるデス・エデュケーション(死への準備教育)

こんにちは、最近自分のデスクの真後ろに冷蔵庫が設置されて嬉しいヨシノです。(まさかの椅子に座ったまま冷蔵庫に手が届くという環境)

さて、今回は当法人が大切にしている考え方について。

死を通して生を考える、デス・エデュケーション(死への準備教育)

「死」をタブー化せず見つめることで「生」を輝かせるデス・エデュケーション(死への準備教育)
当法人に入職された方は法人理念やコンプライアンスのことなどを学ぶための研修を受けていただくのですが、そこで必ず出てくるのが死をタブー化せずに、向き合うことの重要性です。

かのレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉に「このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと死に方を学んでいたのだ。」というものがありますが、生と死は背中合わせで存在しています。

当法人ではデス・エデュケーション(死への準備教育)を重要としており、施設サービスでも在宅サービスでも区別なく根付いている考え方です。

デス・エデュケーション(死への準備教育)とは

死への準備教育(しのじゅんびきょういく、death education)とは、人間らしい死を迎えるにはどうすべきか、に関する教育をいう。必ず訪れる「死」を見つめることによって、限り有る「生」を充実させることを目的とする内容が多い。

上智大学教授のアルフォンス・デーケンが、1982年頃から「死への準備教育」を提唱している。「死を見つめることは、生を最後までどう大切に生き抜くか、自分の生き方を問い直すことだ。」と、デーケンは唱えている。特に、余命を宣告された人の心のケアの重要性を訴えている。

Wikipediaより引用

福祉従事者にとってのデス・エデュケーションの意味

「死」をタブー化せず見つめることで「生」を輝かせるデス・エデュケーション(死への準備教育)
高齢者福祉は他の業種と比べて「死」に近いサービスです。
「死」は誰もが避けて通れないもので、それから逃げていたら介護は成り立ちません。

介護に関わる者は日常的に死と向かい合わねばなりませんが、一方でご利用者の方々と触れ合うことで、その意味を考える機会に恵まれているとも捉えることができます。

ご利用者がどのように死を受け止め、生きていこうとしているのか。「死」に対して共通の理解があると、介護の目的やコミュニケーションの方法、働きかけ方などで見えてくるものがあり、それこそが介護をする側にとって必要なスキルだ、という当法人の考え方です。

「死」と向き合うことは、「今」を輝かしく生きること。「死」を真正面から見つめることは介護を通して、生きる意味への洞察や精神が深まり、人生の幅を広げてくれるはずです。

デス・エデュケーションの一環として当法人が行っていること

お別れ会

「死」をタブー化せず見つめることで「生」を輝かせるデス・エデュケーション(死への準備教育)
当法人の特別養護老人ホームでは1984年のさくら苑開苑当初からご入居者が逝去されるとホール中央にご遺体を安置し、ご家族や仲間のご入居者、職員で囲んでお送りする「お別れ会」を行っています。

今でこそ特別養護老人ホームで「お別れ会」を行うことは珍しいことではなくなりましたが、さくら苑開苑当時は、特別養護老人ホームでの死は他のご入居者には隠し、裏口からひっそりとご遺体を運び出すのが一般的で、テレビ取材がくるほど画期的なことだったようです。

当法人のお別れ会では、生前施設内で仲良くされていたご入居者や職員などがお別れの言葉を述べるのですが、「普段は優しいけれど、曲がったことは嫌いでしたね」「もうすぐ私もそちらに行くから待っていてね。また趣味のお話をしましょう」などとユーモアを交え語られます。そこで逝去された方のご家族は施設での生前の暮らしぶりを垣間見ることができ、感激されるそうです。

また、お別れ会に参加されたご入居者は「私のときもやってね」と希望される方も多いと聞きます。「死」を目の当たりにすることで、参加されたご入居者も自身の「死」を見つめ、そして残りの時間をどう過ごすかということを考える機会になっているのだと思います。

メモリアル・ピーク

「死」をタブー化せず見つめることで「生」を輝かせるデス・エデュケーション(死への準備教育)

横浜市旭区にある当法人の墓地「メモリアル・ピーク」


当法人で身寄りのないご利用者様が亡くなった際、秀峰会の墓地「メモリアル・ピーク」に埋葬します。現在35名ほどの方がここに埋葬されています。

このお墓は当法人の特別養護老人ホームで亡くなった方を無縁仏にしたくない、という職員の想いから作られました。

メモリアル・ピークの「ピーク」とは頂上という意味で、人が老い、死を迎える過程でたとえ肉体は衰えようとも、精神、魂はピークに向かって成長・成熟していくという願い、そして理想を表しています。ちなみに富士山の形をしているのも「富士山=至高の山(もっとも美しく気高い姿)」を表すためです。

まとめ:福祉事業者も「死」への理解をすることで良いケアに繋がる

「死」をタブー化せず見つめることで「生」を輝かせるデス・エデュケーション(死への準備教育)
アルフォンス・デーケン氏の言葉に「死こそ人生最大の事業」という言葉がありますが、「理想の死」を思い描くことは、残りの時間をどう生きるかを考えることと同義です。自分の人生は自らが望むあり方だっただろうか、と問い続けることが生きるということで、そしてそれは決して無意味なことではありません。

認知機能が低下しても、身体が不自由になっても「死」のあり方というのは、その人がその人なりに作れる、と当法人では考えています。

「死ぬ前に寿司を食べたい」「自宅で家族に見守られて最期を迎えたい」「同じ施設で過ごした仲間に見送られたい」など最期に対する考えは十人十色です。死を否定せず、納得感を持って旅立ちの時を迎えていただくために、当法人では死と向き合い、支援を続けてまいります。

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